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話題46 | ■従前記事転載 管理人 2006/12/4(月)21:43返事 / 削除

■従前記事転載2005/1/10(月)13:11  

■対句では無いのでは? 岸本二三男

五言排律
羌笛天涯意,黄河一葦航。
古琴催馬上,美禄止沙場。
昨日看征馬,今晨踏重霜。
宮商真悵怏,喚起別離腸。
筆硯都詩眼,従容竹簡章。
何悲茶換酒,清韵侍飛觴。

宮商真悵怏,喚起別離腸。腹聯は対句でないといけないのですが、この句は散句では
筆硯都詩眼,従容竹簡章。後聯は対句でないといけないのですが、この句は散句では



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■いろは歌漢訳の平仄について推敲願ひ 波江究一 2005/2/6(日)19:25  

 はじめまして。私はいろは歌を漢詩と英詩に訳する形で日本語の人類言語に於ける位置づけを確認せうとして居る者ですが、たとへば下記の漢訳は漢詩として平仄にかなふものかご教示ねがへませんでせうか。押韻は守り居ますが、その他は不案内なもので。かやうの作例愚サイトに百四十首ほどありきす。

田舎          平聲微韻稀窺歸 abbacc

白け住む田舎
拾ふ話題得ぬ
山に聲せねば
歩み訪れん
細路憂く去りて
世の目守るべきを

しらけすむゐなかひろふわたいえぬやまにこゑせねは
あゆみおとつれんほさちうくさりてよのめもるへきを

田舎

漸倦僻陬居       漸く僻陬の居に倦んで
新聞茲以稀       新聞茲を以て稀に
山嶺風信疎       山嶺風信疎かなり
舊友若有誘       舊友若し誘ふ有らば
直去委蛇路       直ちに委蛇の路を去りて
大懷萬世歸       大懷を萬世に歸せんものを

http://blue.ap.teacup.com/roha/

http://blue.ap.teacup.com/roha/


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■国際基準の漢詩詞  2005/1/10(月)14:38  

■国際基準の漢詩詞 中山逍雀

 葛飾吟社並びに、小生の指導と目指すところは、中華詩詞壇の方々が相手です。
 日本人が言うところの漢詩の意味合いと、中国人が言うところの漢詩の意味合いは、少し異なります。中国人は小学生でも漢字で書くのです。詩歌も同じです。先方に合わせればよいのです。「日本漢詩」ではないのです。中華詩詞壇に通用することが前提です。


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■疑問あり 2005/1/10(月)14:36  

■貴HPの詩で疑問がありましたので教えて下さい 岸本二三男

貴HPの詩で疑問がありましたので教えて下さい

 最近自分勝手なデタラメな詩を漢詩と称している人が居りますが、これらの詩をみると、鼻がつき、反吐をはきそうになります。



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■四声の現状  2005/1/10(月)14:35  

■四声の現状 中山逍雀

■岸本二三男 氏の記事に対する返答

 この記事は「山陽風雅」より会得した内容です。うっかりすると見落としがちな一面を突いています。有用な内容です。
 平仄について懸念為されて居られますが、言葉は年月と共に変化しますので、四声も変化をしています。入聲などは既に無くなってしまいました。現在、現在の作品を作るのであれば、現在の中国人が読んで、違和感のない、現実の基準に適っている事が前提です。古典の韵書に頼って、懸念を持たれても、無駄に終わることも大いにあります  



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■六言絶句の解説  2005/1/10(月)14:34  

■六言絶句の解説は分かりやすく参考になりました 岸本二三男

 六言絶句の解説は分かりやすく参考になりましたが、疑問もあります。
 句の構成は二字+二字+二字、或いは四字+二字で有る。ということですが、六言絶句はあまり作りませんが、句の構成は概ね二字+四字で作ります。
その例として
短世/風驚/雨過
成功/夢迷/酒酣
草玄/不妨凖易 玄を草する易に凖(ならう)を妨げず
論詩/終近周南 詩を論ずれば終に周南に近し

例外として王安石の三十六陂/春水 白頭/想見江南です。



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■続解六言絶句 岸本二三男  2005/1/10(月)14:32  

■続解六言絶句 岸本二三男

其一
風引寂寥空落涙,人堪悲悼只呑聲。
風引寂寥空落涙,  ;風引寂寥就是人空落涙,  ;主語は風と人の二つ
人堪悲悼只呑聲。  ;人堪悲悼只呑聲。     ;主語は人
 この作品は作者が若いときの作品で、七言律詩が何であるかも分からないで作った作品だと思われます。呂山先生は「君は七言律詩のことが分かっているようで、実際は分かって無い」と叱られたことととおもわれます。この句を思い出すことにより作者は恥じ入っていることだと思います

 平仄も下三連(句末が平平平、又は仄仄仄となること)を嫌う程度です。古詩一韻当到底格については、明の高青邱で確立されたと考えています。とりあえず、久保天随の全詩集4冊をよんだのですが、大体は句末は平平平、又は仄仄仄となっています。
 江馬天江の古詩聲譜を大阪の堂島の図書館で見つけてコピーをして、配布したことがあります。機会があれば読んで下さい。古詩の下三句の平仄のみを集めたものです。あるいは王漁洋の古詩平仄論(森槐南博士が解説)
 五言六言の解説を興味深く読ませて頂きましたが、古詩の解説はどうでしょうか



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■六言絶句について 2005/1/10(月)14:24  

■六言絶句について 中山逍雀

六言絶句について
 中国語は概ね二字一語の構成です。三字句というのは中国人にも難しい語彙なのです。六言の構成が、2+2+2 或いは2+4 或いは4+2 何れも大して問題視する事柄ではありません。ただ、小生が中国詩壇の人達に聞くところに依ると、元々4+2という詩形は有ったそうです。偶数文字の単調性を破るために、4+3 として七言句が出来たそうです。
 ですから、4+2が本家本元だそうです。



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■従前記事の転載 2005/1/10(月)14:08  

■唖然と奮力 中山逍雀

 唖然と奮力とは対仗を為すと思いますが
 中国人の作品には、この様な日本人から見て曖昧な部分が沢山あります。これは曖昧なのではなくて、日本人の知識不足に起因する物と理解しています。
なお、人権と援助ではなくて、人権と貧困:句中對 援助と拉致:句中對 です。 


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■従前記事の転載 2005/1/10(月)14:06  

■対の疑問 岸本二三男

對の疑問

七言律詩
一朝電視照國囂,婦女鳴嗷不可逃。
官吏呆然齋白衫,警察奮力亂青袍。
人権貧困譁論客,援助拉致備怪刀。
草舎黙見窗外雨,不知打傘爲誰勞

呆然と奮力 人権と援助は対句になるのでしょうか  



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■私は楽しみの一つ  2005/1/10(月)13:16  

■私は楽しみの一つ 中山逍雀
私は楽しみの一つ
 玉稿拝見しました。
 作品に対して、随分と謙遜されておられるようですが、小生の愚考を述べさせて頂きます。
 小生の場合は、詩詞創作の目的は、国際交流の手段の一つとしての詩詞創作なのです。殆どの国際交流は金銭が絡みますが、詩詞の交流は金銭が絡みません。もう一点、ハイレベルの方々との交流が出来ることです。
 手段としての詩詞創作ですから、決して佳作を作ろうなどとは考えておりません。佳作を目標にしたところで、愚生には所詮、無理な事と心得ているからなのです。
 ですから、月に数十通の詩稿が参ります。下手は承知のことですが、そのたびにワープロ上で、応答の作品を添付します。馬鹿馬鹿しいからその場で消してしまいます。小生には同好が居ます。その席上で何時も、理屈は知っているが、私には好い作品は出来ないから、あとは各自で勉強してくれと言っています。
 私は私の作品を評価をしません。他人の作品は、構造の指導アドバイスはしますが、出来映えの評価はしません。
 なぜかと謂いますと、作品の内容とは、言葉の使い方ではなく、作者の人格そのものだからです。もし人格そのものでないとしたら、それは、「詩」ではなくて、言葉遊びなのです。
 私の詩詞との交わりは、楽しむための方途の一つに他なりません。

 作品の評価に重要な一点があります。
 何を基準に佳作とするのか?と謂うことです。
 私は以下の如く考えています。
 多くの人に評価に耐えられる作品で有ることを条件とします。現在の中国には数百の詩壇と億余の詩を嗜む人がいます。日本の千人に満たない人の評価より、中華詩詞壇の評価の方が、信憑性があることは当然の理です。
 本質的な詩作を学びたかったら、現在20世紀の中華詩詞壇の論文を多く読み勉強することです。



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■掲示板記事移設  私の経験  2005/1/10(月)13:15  

■私の経験 岸本二三男

 律詩や排律を多く作りましたが、全て読むに堪えません
 私は今迄に七言律詩や排律を多く作り、投稿もしましたが、全て読むに堪えない詩になっています。
 排律に至っては、でたらめでした。どうもうまく作れないので、一面識もない服部承風先生に教えを乞うたところ、現在、排律を作っている人がいるとは驚いた。私等は格律がうるさいので、五言古詩を作っています。とおっしゃいました。
 これは、婉曲に、いまさら時代錯誤の排律を作っているのだと叱られたような気がしました。それと併せて、排律の作詩法を教えて頂きました。それ以来排律については勉強はしていますが、作るのはやめています。七言律詩はご存じのとうり、呂山先生に「君は七言律詩のことは、分かっているようで、実は分かっていない」と叱られたことがあります。これはたんに作り方の問題だけで、改めるのは簡単なことです。しかし、七言律詩の詩の性格(中に二聯の対句をふくむ)を考えて、作詩することは至難だと感じています。石川先生が杜甫には七言律詩は一首しか作ってないといわれましたが、実は100首以上作っています。ただ、杜甫でさえ七言律詩に堪えるものは1首のみと聞き及んでいます。逆にいいますと。杜甫全詩で七言律詩の名手が100首くらいしか作っていないことを考えるべきでは無いかと思っています。
 以前、あるサイトで今の世情を七言律詩連作で作られていました。叙述自体は問題はありません。おそらくは作詩経験は十年以上の方だと思われます。内容は読むに堪えませんでした。風雅な趣はまるでありません。こういった内容であれば、古詩で作るべきなのですが、どうも七言律詩にこだわっているような感じでした。作詩はしの内容によって、詩形も工夫しなければいけません。といっても、私の場合、七言律詩を作る場合、力量的に無理があると考えています。却って読むものには、不快の念を与えていることとおもわれます。しかし、私と同じような方も大勢いることだし、許して貰えるだろうと、投稿を続けています。

 漢詩詞創作講座 の定型 對法 句法 叙事法は詩を勉強するものには大変参考になり興味深くよませていただいてますが、作詩に関しては疑問があります。参考にして作詩する力量がある者は(形式的には可能ですが、効果的になると)いるでしょうか。



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■扇對 管理人 2005/1/10(月)13:13  

■扇對 中山逍雀

 扇對です。即ち章と章との対仗です。別離と竹簡は虚実対です  

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