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静と動

 一概に叙事と謂っても其れには「動」と「静」がある。現実の世界は時間を含めた四次元が常に変化する世界で、「動」である。物事が停止した状況を「静」とすれば、それは時間を含めた四次元が変化しない状況と謂える。果たして四次元が変化しない状況がこの世に存在するかと謂えば、現実には存在しない。然し詩歌という虚構の世界で、「静」は存在する。

 一つの完成された作品としてではなく、三字・四字・五字・七字などの、限られた句の中で、停止した状況を写すことは容易である。但し「静」の句、四句若しくは八句集め、繋ぎ合わせたとしても、その作品が「静」の世界を写すかと謂えば、そうとは限らない。一句一句が静止していても、句と句の間に、空間の隔たりがあったり、或いは時間の隔たりが有ったりすれば、それらを繋ぎ合わせれば、結果として、概ね「動」となる。

 「静」含まない「動」の句だけで組み立てられた作品も稀であるが、「動」含まない「静」の句だけで組み立てられた作品も、又稀である。殆どの作品は「動」と「静」の組み合わせる事に依って、厚みのある作品を成っている。則ち「静」と「動」の組み合わせの按配が、作品の巧拙に重要な要件である。

 誰でも知っている作品を題材に考究を試みよう。

  夜思 李白
牀前明月光, 牀の前の明月の光、   景物を写し、その描写は静止している。
疑是地上霜。 是は地上の霜かと疑う。 景物は動かないが、作者の心が動いている。
挙頭望明月, 頭を挙げて明月を望み、 景物は動かないが、作者の身体が動く。
低頭思故郷。 頭を低れて故郷を思う。 景物は動かないが、作者の心が動く。

  怨情 李白
美人捲珠簾, 美人は珠簾を捲き、      景物が動いている。
深坐顰峨眉。 深く坐して峨眉を顰める。   景物が動いている。
但見涙痕湿, 但だ涙痕の湿るのを見て、   作者の身体が動く。
不知心恨誰。 心は誰を恨むのかを知らない。 作者の心が動く。

  臨洞庭上張丞相 孟浩然
八月湖水平, 八月の湖水は平らかに、 景物を写し、その景物は静止している。
涵虚混太清。 虚を涵して太清に混る。 景物の現況を写し、その描写は静止している。
気蒸雲夢澤, 気は雲夢澤に蒸し、   景物の現況を写し、その描写は静止している。
波撼岳陽城。 波は岳陽城を撼す。   景物の現況を写し、その描写は静止している。
欲濟無舟楫, 濟らんと欲すに舟楫無く、作者の心が動く。
端居恥聖名。 端居して聖名を恥じる。 作者の心が動く。 
坐観垂釣者, 坐して垂釣の者を観て、 作者の身体が動く。
徒有羨魚情。 徒らに魚を羨む情有り。 作者の心が動く。

  鹿柴 王維
空山不見人,空山には人を見かけない、 景物の現況を写し、その描写は静止している。
但聞人語響。但だ人語の響が聞こえる。 景物の現況を写し、その描写は静止している。
返影入深林,返影は深林に入って、   景物の現況を写し、その描写は静止している。
復照青苔上。復た青苔の上を照らしている。景物の現況を写し、その描写は静止している。

  渭城曲 王維
渭城朝雨潤軽塵,渭城の朝雨は軽塵を潤し、         その描写は静止している。
客舎青青柳色新。客舎には青青とした柳の色が新しい。    その描写は静止している。
勧君更尽一杯酒,君に勧めよう、更に尽せよ一杯の酒を    作者の身体が動く。
西出陽關無故人。西のかた陽關を出れば故人も無いのだよ!  作者の心が動く。


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