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第十一章 明

 「胡虜に百年の運無し」此の予言の如く、蒙古人による中国全土の統治は、世祖フビライの南宋併呑の後、百年を満たずして崩壊する。
 元の最後の天子であった順帝トガンチムールは、二十七年に亙る在位年数の大部分を南方諸地域の反乱に悩まされ続ける。
 反乱の指導者達は、相互に敵対関係にあったが、安徽の鳳陽から起こった朱元璋が他の全てを圧倒して南方を統一した上、北に攻め上り千三百六十八年順帝を北方砂漠地帯に遁走させる。
 そうして漢民族による統一帝国の主人となり、国都を江蘇の南京に置き、国号は「明」年号は「洪武」以後三百年に亙る明帝国の創始である。
 朱元璋は其の帝国を創始するに当たり、一つの主義を持って居た様で、素朴 簡易 実行 率直 武断 それらを尊び、煩瑣 文弱 虚飾 を憎む主義で、彼は曾て漢の高祖劉邦以後千五百年ぶりに出現した純粋な庶民出身の天子で、かと云って儒者の冠に小便をひっかけた漢の高祖程には無学では無かった。
 明の帝国は蒙古人を追い払い、漢人の主権と文明を恢復した事を誇りとし、事実其の通りである。
 然し一方では蒙古人が暴力に依って押しつけた素朴を、巧妙に利用したと見られる所があり、例えば十四代目の天子、神宗萬暦帝の宰相張居正に「我国は元の継承者であり、宋の継承者ではない」と言う言葉がある。
 当時有力な詩人達は南方、殊に蘇州を中心とする地帯の市民であるが、但しその人達が文学を才能の中心とした事、少なくとも朱元璋の目からそう見えた事は、彼らに取って不幸であった、為政者からみて彼らは旧態依然たる知識人と見なされ、概ね粛正の対象となる。
 そして茲に紹介する高啓も亦その一人である。扨て此処で長編の詩を紹介しよう。長編の作品はとても多いのに日本人に取って、鑑賞やまして作詩と成ると手に負えないのでどうしても遠慮がちになる。
 
青邱子歌   高啓

江上有青○、予徒家其南、因自號青○子、
 江上に青邱有り、予移りて其の南に家し、因りて自ら青・子と号す

閑居無事、終日苦吟、閑作青・子歌、
 閑居無事、終日苦吟、閑かに青・子の歌を作りて、

言其意、以解詩淫嘲。
おもい
 其の意を云い、以て詩淫の嘲りを解く。

 河辺の岸に青い丘がある。私は其の南側に引っ越して住み、土地に因なんで青・子と言う号を付けた。侘び住まいで仕事もなく、一日中詩を苦吟し、其の合間に「青・子の歌」を作って自分の気持ちを謂い、其れに依って詩気違いと謂われて居るのに対する言い訳にする。

注: 此迄は此の歌の前置きで有って、詩にはこの様に長い前置きの付いた作 品が多々有る。
  例えば陶淵明の作品「飲酒二十首竝序」「桃花源の詩竝序」「形影神竝 序」など。

青○子 痩而清 本是五雲閣下之仙卿
 青○子 痩せて清し 本是五雲閣の仙卿なり
 青○の男、清らかにして痩せた姿 前身は五雲閣辺りに仕えた仙人だが

何年降謫在世間 向人不道姓與名
 何れの年か降謫せられて世間にあり 人に向かって姓と名を云わず
 何時の年に人間界に流罪に成ったか、他人には氏素性を教えない

躡履厭遠遊 荷鋤懶躬耕
 靴を踏むも遠遊を厭い 鋤を荷なうに躬耕に懶し
 麻靴を履いて遠くへ旅する事を厭い、鋤を担げば自分で耕すのを面倒がる

有剣任○澀 有書任縦横
 剣有るも○澀するに任せ 書有るも縦横に任す
 剣は持って居ても錆びるに任せ、書物は散らかし放題

不肯折腰爲五斗米 不肯掉舌七十城
 五斗米の為に敢えて腰を折らず 七十城を下すに敢えて舌を掉はず
 五斗の給料の為に腰を曲げるのも嫌なら、七十城を降参させるのに雄弁を                           奮うのも御免だ
但好覓詩句 自吟自酬賽
 惟好みて詩句を覓め 自ら吟じて自ら酬賽す
 但好きなのは詩句を捜す事、自作を吟じては復た其れに合わせて作る

田間曳杖復帯索 傍人不識笑且輕
 田間に杖を曳き復た縄を帯とするを傍人は知らず笑い且つ軽ろんず
 田の畔に杖を曳いて、縄の帯を締めていると回りの連中は彼の価値を知らないで、笑い且つ嘲る

謂是魯迂儒 楚狂生
 謂えらくは是魯の迂儒ぞ楚の狂生ぞと
 きゃっは魯の腐れ儒者だ、楚の気違いじゃと囃す

青○子聞之介意 吟聲出吻不絶・・鳴
 青○子之を聞きて意に介せず 吟声口を出でて・・として鳴るを絶えず
 青○の男は其れを聴いても心にも留めず、唇から出る吟声が爽やかに響くのを絶やさない

朝吟忘其飢 暮吟散不平
 朝に吟ずれば其の飢えを忘れ 暮れに吟ずれば不平を散ず
 朝吟ずれば空腹を忘れ、夕暮れに吟ずると心の憂いが晴れる

當其苦吟詩 兀兀如被酲
 其の苦吟の時に当たりては 兀兀として酲を被るが如し
 苦吟の真っ最中には、酒に悪酔いしてグデングデンに成った様だ

頭髪不暇櫛 家事不及營
 頭髪も櫛けずるに暇あらず 家事も営むに及ばず
 髪に櫛を入れる暇もなく、家の仕事も放ったらかし

兒啼不知憐 客至不果迎
 児泣くも憐れむを知らず 客至るも迎えるを果たさず
 子供がないてもあやす事に気付かず、客が来てもろくに出迎えぬ

不優回也空 不慕猗氏盈
 回也の空しきを憂へず 猗氏の盈かなるを慕はず
 顔回の貧しさも気にしないし、猗頓の富も羨ましくない

不慙被寛謁 不羨垂華纓
 寛ええ謁を被るを恥ず 華纓を垂れるを羨まず
 ダブダフの毛皮の着物を着るのも恥ずかしくないし、冠から華やかな飾り紐を垂らした人にも憧れぬ

不問竜虎苦戦闘 不管烏兎忙奔傾
 竜虎の苦しみ苦闘するを問はず 烏兎の忙しく奔傾するに管せず
 英雄豪傑が一生懸命竜虎の争いをして居るのも知らん顔、日の鳥月の兎が慌ただしく駆け巡るのも問題にしない

向水際獨坐 林中獨行
 水際に向かいて独り坐し 林中に独り行く
 水邊に独り坐し、林の中をを独りさ迷い

斬元気 捜現精 造化萬物難隠情
 元気を斬り 現精を捜し 造化万物情を隠し難し
 宇宙の根元を削り取り、自然の本質を捜し求める、彼の前に天地万物は其の秘められた姿を明かすのだ

瞑茫八極遊心兵 坐令無象作有聲
 冥范八極心兵を遊ばせ 漫ろに無聲をして有聲と作さ令む
 彼は果て知れぬ大空の角角まで、心の刃を飛ばし、其の侭に無形の精神を音声に換えるのだ

微如破懸蝨 壮若屠長鯨
 微かなるは懸けし蝨を破るが如く 壮なるは大なる鯨を屠ふるが如し
 彼の詩の細微さは吊るされた蝨を射抜く程で、壮大な物は巨大な鯨を退治する程だ

清同吸○○ 険比排崢○
 清なるは○○を吸うに同じく 険なるは崢・を排くに比ぶ
 清らかな物は天上の露を吸う蚊の様な趣があり、常識を破った物には、そそり立つ山を押し退ける勢いがある

靄靄晴雲披 軋軋凍草萌
 謁謁として晴雲披らき 軋軋として凍草萌える
 キラキラと晴れた雲が披らく様な物も有れば、ギシギシと凍てついた草が芽吹き始めた様な物もある

高樊天根探月窟 犀照牛渚萬怪呈
 高く天根に樊て月窟を探り 犀は牛渚を照らして萬怪呈はる
 時には高く天の根に樊登ったり、月世界を探検するかと思えば、時には犀の松明で牛渚の淵を照らして、草草の怪物を見つけ出す

妙意俄同鬼神會 佳景毎與江山争
 妙意俄かに鬼神と同じく会し 佳景常に江山と争う
 素晴らしい着想が沸き起こって、出し抜けに精霊と会合し、美しい叙景は何時も山河と競合している

星虹助光気 煙霧滋華英
 星虹光気を助け 煙霧華英を滋す
 星と虹とは其の光を助け増やし、靄と霧とは其の花びらを濡らし鮮やかさを添える

聽音諧招楽 咀味得大羹
 音を聞けば招楽に叶ひ 味を咀えば大羹を得たり
 其の響きを聴くと、招の音に調和し、味は自然の美味に叶っている

世間無物爲我娯 自出金石相轟鏗
 世間に物として我が娯を為す無し 自ら金石を出して相轟鏗す
 此の世に自分の楽しみとて他にはない、自ら金や磬とも云うべき吟声を出して、激しく響き合わせるだけだ

江邊茅屋風前晴 閉門睡足詩初成
 江辺の茅屋に風雨晴れ 門を閉ざし眠り足りて詩初めて成る
 川岸の茅屋を襲った風雨も晴れ、門を閉めて充分に寝て詩を完成させる

叩壷自高歌 不顧俗耳驚
 壷を叩き自ら高歌し 俗耳の驚くを顧みず
 痰壷を叩き自ら聲高く唱い、俗人の耳を驚かせるにお構い無し

欲呼君山老父携諸仙所弄之長笛
 君山の老父を呼びて諸仙の弄する所の長笛を携えせしめ
 
和我此歌吹月明
 我が此の歌に和して月明かりに吹かしめんと欲す
 君山に出現した老人を呼んで、仙人達の長笛を持って来させ、月明かりの夜に自分の此の歌に合わせて吹かせたいと思う

但愁・忽波浪起 鳥獣駭叫山揺崩
こつこつ
 但愁うるは○忽として波浪起こり 鳥獣駭き叫び山の揺れ崩れるを
 ただ心配なのは、急に浪が沸き立ち鳥獣が驚き叫び、山が揺れ崩れる事で

天帝聞之怒 下遣白鶴迎
 天帝之を聞きて怒り 白鶴を下し遣わして迎えしめん
 天帝が之を聴いて腹を立て、白い鶴を迎え遣わし賜り

不容在世作狡猾 復結飛珮還瑶京
 世に在りて狡猾を作すを容さず 復た飛珮を結びて瑶京に還えらん
 此の世で悪く賢く立ち回るのを容認せず、もう一度空飛ぶ飾り帯を締めさ
せ、珠の都へ連れて帰る事で有ろうから

射鴨詞   高啓

射鴨去 清江曙 射鴨返 廻塘晩
 鴨を射んと去くは 清江の曙 鴨を射て帰るは廻塘の晩
 鴨を射ようと出掛けるのは清い河辺の朝ぼらけ、鴨を射止めて帰るのは曲がりくねった堤の夕暮れ

秋菱葉爛煙雨晴 鴨群未下媒先鳴
 秋の菱の葉は朽ち、煙雨は晴れ 鴨の群れの下らざるに、囮は先ず鳴く
 秋の菱の葉は腐り、霧雨は晴れ上がる 鴨の群れが下りて来ない先に囮は鳴き立てる

草翳低遮竹弓○ 水冷田空鴨多痩
 草の影は低く、竹弓の○を遮し 水は冷たく田は空しうして鴨多く痩せたり
 草むらの影は引き絞った弓を低く隠し、水は冷たく田は空っぽで、鴨は大方痩せ細っている

行舟莫來使鴨驚 得食忘猜正相闘
 行き交う舟の來たりて鴨をして驚か使むる莫く、食を得て猜うを忘れ正に相争う
 やって来た鴨を驚かす行き来の舟も全く無く、餌を見つけて疑う事も忘れて、取り合いをして居るところだ

觜○○ 毛○○ 潜気一發那得知
 嘴は○○ 毛は○○ 潜気の一度発するを那んぞ知るを得ん
 嘴はガツガツ 羽毛はモサモサ 隠された仕掛が飛び出そうとはどうして気が付くものですか


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